私は悪くない。悪くないに決まっている。お前も何とか言ったらどうなんだ。
目の前にはナニかが転がっている。これはなんだ。においはない。手にはべっとりとついている。身体が熱い。色が少しずつはっきりとしてきた。ぼやけていた輪郭も鮮明になってきた。私は悪くない。
はぁはぁ…つらい、くるしい、イライラする、あああああっ!
そうやって自分の正義を押しつけてさぞ楽しかったろうなぁ!
もういい、どうせこのまま生き永らえたところで…。
運がいい、今日は豪雨だ。川に飛びこんで死んでしまおう。
―そのときだった。川上から大きなモノが流れてきた。
「…あれはなんだ?」
流れてきたモノは桃だった。それも大量の桃だ。
次から次へと流れて来る。その数ざっと1,000は越えている。
川はあっという間に桃で埋め尽くされ、飛び込む隙はわずか。
救助の際に「黄桃せよ!黄桃せよ!…あ、応答(テヘッ)」とかオヤジギャグを言われるのではないか?と思うと少し笑みがこぼれた。
さらに新聞の見出しに「河川に桃で圧死した男性遺体」の文字が並んでいることを想像すると、自然と死ぬ気は失せた。
そんなこんなで正気に戻ると、扁桃腺が痛むことに気が付いた。
さっきまで見えていた目の前のナニは、高熱で見えていた幻覚のようだ。
この大量の桃も幻覚なのだろうか。
いや、これは現実に違いない。
こんなに大量の桃の幻覚をみるはずがない。
豪雨の中、大量に流れる大きな桃を眺めながらどうすべきか考えていた。
JAに連絡すべきか警察か消防か…
ただ喉が痛く、電話で通報するにしても酒焼けのような声になってしまう。
どうしよう。
流れる桃たちを前に、スマホでJAの電話番号を探す。
ふとスマホから顔を上げると、一つだけ他の桃とは違う見た目の桃が流れてくる。
皺くちゃな桃⋯いや、違う!
あれはシワじゃなくて血管だ!!
なんとその桃は、隆起した無数の血管に覆われていたのだ!
血管は、ドクンドクンと脈打っていた。
じさまはその光景に目を見張った。
「なんなんだ、アレは!!」
かつて七つの海を渡る冒険家でもあったじさまは、あの頃の興奮が、情熱が蘇っていくのを全身で感じていた。
そっと、そっとその桃の方向に歩き出した。
桃の血管の脈打つ速度が速まった。
まるでじさまに気づいてもらえるのを待っていたかのように。
激しく脈打つ桃に触れようとしたその瞬間、じさまは思い出した。
忘れもしない。
この波動は…ヤツだ。
七つの海を冒険していた若かりし頃のじさま
が、唯一恐怖を感じた相手。
その名はネオ・桃太郎
「こんなところで再会するとはな…」
今の衰えた自分に、ヤツの相手ができるだろうか。
震える手をなんとか制し、スマホでばさまに電話をかける。
「なぁに?じさま〜☆」
「ばさま!ヤツが!ヤツがあらわ……ブツッ」
じさまのスマホは、いつの間にか桃から生まれたネオ・桃太郎の手に握られていた。
鮮明に蘇るかつての恐怖。
今朝見たテレビの占いが頭をよぎる。
「今日のラッキーアイテムは桃!人生史上最高の1日になりそうです☆」
あの占い当たるんだよな…。
じさまがネオ・桃太郎を見ると、笑みを浮かべながら器用にスマホをいじっている。
「バブバブー」
ネオ・桃太郎は、じさまのスマホで勝手にTwitterアカウントを作っていた。
【ネオ・桃太郎です!
実年齢は182歳ですが今は赤ん坊の姿だよ🍼
好き▶︎桃
嫌い▶︎暴力
お友達募集中☆】
「か、勝手にやめてくださいよ、ネオ桃さん。」
ネオ・桃太郎とじさまは、30年程前「桃の早食い大会」で出会った。
【桃早食いの王】と言われたじさまが、唯一ボロ負けした相手なのだ。
もうあんな屈辱は味わいたくない。
こわい…。
じさまは、生まれたばかりのネオ・桃太郎と、自分のスマホをその場において帰った。
【やっと、1人になれました!】
ネオ・桃太郎はつぶやく。
だけど、困ったことにこの0歳の体では遠くへ行くことは出来ない。
去っていったじさまの代わりを探さなくてはならないのだ。
ネオ・桃太郎は考え、その場で愛嬌ををふりまき誰かに拾われるのを待つことにした。
しかし、目の前を行き交う人たちは彼の姿など見えていないかのように通り過ぎる。
「だめか、他の方法を考えなくては」
ネオ・桃太郎は焦るでもなく、じさまの残していったスマホを手に、例の占い師に連絡を取ることにした。
(今1人です。作戦は順調。でもこのままでは次へ進めない。次の手を教えてくれ)
と、送信しようとしたその時。
ピコーン♪
Twitterの通知音が鳴った。
あ、推しの鬼からだ。
思わず心が躍る。
「やっとるか?桃太!
なんか新しいこと始めようとしとるんやってな?仲間外れは許さんで!」
思わず背筋がゾッとした。
何もかも見透かしているかのような鬼のうすら笑いが目に浮かぶ。
誰から聞いたのだろう。
(キジか?あいつめ。嫌いな抹茶のきび団子に変えてやるか。)
しかし…じいさまもいない今、この不自由なカラダで例の占い師と接触を続けるのは難しいのかもしれない。
鬼に頼るべきか。
ここは慎重になるべきか。
いやそんなことより!
あの鬼と…絡めるのか?
推しと推しの絡み合いが見れるのかもしれない?
自分の目の前で…
ネオ・桃太郎は思わぬ展開に興奮と胸の高鳴りが抑えられなくなり、思わず手が震えた。
返信する間もなく、続けて鬼からメッセージが届く。
その言葉に、思わず爆笑した。
「それでお前はもちろんセンターやろ?俺な、実は………」
「実は…
俺は夢を諦めるわ。
急な事でホンマごめん。」
鬼とは同じ夢を追いかけるライバルだった。
はじめは鬼と比べられて嫌だったが、
仲間が減っていくにつれて、
知らぬ間に心の拠り所となっていた。
まさかの連絡にショックを隠しきれないネオ・桃太郎。
「な、なんで…?」
「俺はな、鬼一族の長として生まれて、その運命に逆らう様に夢を追う事にしたんや。
でも自分のルーツがあるからこそ今の俺があるという事に、とある人のお陰で気付けて、これからは鬼一族を大事にしていくと決めたんや!」
ネオ・桃太郎は「とある人」に何故か嫌な予感がした。
…まさか?例の占い師?
自分だけでなく鬼とも接点があるのか?
それとも仲間の中に鬼と接点のある奴がいるのか?
自分が信じていたものが、信じられなくなる。
誰が正しいのか?
自分も正しいのか?
この不自由なカラダも、誰かに操られた運命だとしたら、、、!!
思い当たることは多々あった。
旅に出たきっかけも仲間たちとの出会いにも必然性がない。
なにより鬼に対して攻撃的な気持ちになることがあるのだ。
ライバルとして共に成長する同志として鬼に対する尊敬と親愛は本物なのに相反する衝動が湧くことに何度も困惑した。
ー運命に逆らうな
今の不自由な体は運命に逆らっている罰?
それではまるで皆が誰かの物語の登場人物のようではないか。
鬼が鬼一族の長の運命ならば、自分にはどんな運命が?
仲間と旅立った自分の本当の目的が?
例の占い師はその物語を知っているとでもいうのか。
自分は何者なのかーー
いや冗談じゃない。
誰かの筋書きで踊らされてたまるか。
自分は自分の運命と対峙する。
桃太郎「なぁ。もうこんな争い終わりにしないか?」
桃太郎が呟いた。
鬼「…あ?なにバカげたことを言ってるんだ?」
犬「そ、そうですよ桃太郎さん!僕たちは鬼一族を抹殺するためにここまで頑張ってきたんじゃないですか!」
桃太郎「俺は…本当は…鬼一族を倒したくなんかないんだ…!良きライバルとして切磋琢磨していきたいだけなんだよ…!」
犬「…!!」
キジ「モモタロサァン…」
鬼「ふざけるのも大概にしろ。俺たちはどんな出会い方をしても、いずれ争う運命なんだよ。」
桃太郎「──────っ。運命なんてクソ喰らえ!」
そう言うと、桃太郎は刀やハチマキ、きびだんご袋を地面に叩きつけた。
鬼「おいおい、だんご投げるなよ、もったいねぇだろ?」
そういって鬼は、きびだんごを拾ってひとくち…。
鬼「うまっ!」
桃太郎「どうした急に…」
鬼「こんな、美味いもん世に広める手はねぇよ!」
鬼は桃太郎に詰め寄ってそういった。
桃太郎「おばあさんが作ったやつだよ」
桃太郎は煙たそうに答えた。
鬼「ばあさんに作り方を教えてもらおうぜ」
桃太郎たちはキョトンとした。
鬼は、桃太郎の家に押し掛け、
おばあさんにきびだんごの作り方を教えてもらい。
そして鬼は桃太郎を巻き込み、小さなお店を開いた。
桃太郎と鬼は喧嘩しながらもきびだんごのお店を大きくし、有名に。
のちの岡山名物きびだんごの誕生であった。
完